ニューヨーク地下鉄騒動を忘れるな!

私がニューヨークに滞在していた時に、地下鉄について調べていたら、かってこんな出来事があった。
ニューヨーカーにとって地下鉄は「文化」だ。驚くなかれ、初めてマンハッタンの地下に列車が走ったのは1900年代初め。約100年の歴史を持つ。マンハッタン島は岩石で出来ている。セントラルパークを歩いていると岩の塊があちこちに露出している。硬い地質だから穴を掘るのに相当苦労しただろう。主要幹線は複複線化されていて、各駅停車の路線と主要駅にしか停まらない路線のダブル運行。
1乗車2ドルで、運転は24時間だからニューヨーカーの不可欠な足だ。
その地下鉄の列車が古くなり更新の時期がきた。ご存知のように数年前迄は列車の落書きが独特の雰囲気を演出していた。街に日本の企業のコマーシャルが溢れ、雑貨のほとんどが中国製であったとしても、地下鉄だけはニューヨーカーの魂だ。これだけは譲れない。
ところがだ。この地下鉄列車の更新で、候補に上がったのが日本製の列車だった。ニューヨークタイムズを始め、市民、市議会からブーイングの嵐が巻き起こった。地下鉄列車だけは従来のを採用せよ! 新聞も書き立てた。
ニューヨーク市議会でこの問題が取り上げられ、質問者は声を荒げた。「ニューヨークの動脈を日本に売るな!」と。
市当局の答弁者は、苦汁の表情で事情を説明した。
「当局も地下鉄列車更新に当たっては、国内企業の採用を先ず第一にすべきだとの立場で選定に入ったのですが…。実は現在、地下鉄列車を製造している国内メーカーがありませんので、やむを得ず…」
答弁が終わるや議場は沈黙に包まれたという。
はっと気がついたら、国民の魂に空洞が出来ていた。そして翌年、ニューヨークの地下鉄に日本車両のアルミ合金製列車が就行した。
私はニューヨークの地下鉄に乗るたびに、市議会で全員が味わった「挫折」が車内に漂っているのを覚えた。
この騒動の教訓こそ日本人が噛みしめなければならない。国技と言われる相撲、アイポッドに取って代わられつつあるウォークマン。地下鉄列車騒動の津波が、日本人の足元に確実に押し寄せている。
まだ今なら津波を阻止できる。そのためには「物事の原点」を誤らぬことだ。頼むぞ日本の企業家さん。